こんな事も思っています。
1867年から
ここで来る人の足を止める獅子
何度来ても、足を
止め見いってしまう

私ね。
以前遠方の病院に
長期入院されてる棟に
訪問散髪に行っていたんだ。
随分永い間行っていたのだけれども
自身の骨折にて、
その病院回りの散髪やさんへ
バトンを渡し訪問は止めたのだけれど
個人で店を始め
永くなると
やはり、個宅へ訪問散髪に
行かざるをえなくなり
整えられた病院施設ではない
日常にての「老う」と言う事をまの当たりにする中で
老いての往き方を
近頃はよく考える様になってきたんだ。
私自身、親父に
遠いけれど、うちに来ますか?
と、大阪、奈良、と、
連れ出し共に暮らし、見送り迄させて頂き
老いる。と言う事は学んだが
独居老宅ではなかった為
ほんとうの 孤宅、孤食、の寂しさなどは
知る事はなかった。
私は
常が人と笑い接する業務なもので
家族をおくった後の
得体の知れぬ無気力感からも
抜け出すには相当な時間は要したが
日常に戻る事が出来たが
思考するのは
そこから先の話。
いづれ来る老いた時間。
独居の場合
老いて身体を壊し、日常の移動が
狭くなった時、そこ、が
荒れてゆくのはどうしようも無い
現実、なのかもしれない。
だから、皆さん、
有料ホームを選択されるのだろうかな。
これも、
客仕事上、色々耳に挟み
今の自分の選択は
独りで、暮らせる日常。
なのだが
そんな事も、明確に頭に
置きながらの老後設計図を
たてなきゃいけない年頃に
突入してきました。
ほんと、
日本の人口図
凄いですからね
当面は、
まだまだ小さな小舟にゆらゆら
あっちへ行き、こっちへ行き
てな感じですがね。
✋
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